歴史
2019

プラダ・グループが「FASHION PACT」に署名

8月23日、プラダ・グループは、グローバルファッションおよびテキスタイル企業31社とともに、気候、生物多様性、海洋という3つの分野の持続可能性に関する実質的な目標達成を目指すFashion Pactに署名しました。

Fashion Pactは、2019年8月24日~26日にビアリッツで開催された先進7カ国首脳会議(G7)で公式に発表されました。

プラダ Re-Nylon

時代の変遷と世界の移り変わりを反映するプラダの先駆的な新プロジェクト「Re-Nylon」の開始にあたり、プラダのアイコニックなバッグを新しい再生ナイロン繊維ECONYL®で再現したサステナブルなシリーズを発売。
ECONYL®は、海から集められたプラスチック廃棄物、漁網、繊維廃棄物を再利用、浄化して作られています。解重合と再重合のプロセスによって、品質を損なうことなく無限にリサイクルできます。プラダのストーリーを物語るパートナーであるナショナル ジオグラフィックは5つの大陸を巡ってユニークなプロジェクトのサプライチェーンを明らかにするショートフィルム『What We Carry』を作成しました。

プラダ モード 香港

アート・バーゼル香港に際し、3月27日と28日に大館(Tai Kwun)の營房大樓(Barrack Block)3階にて、プラダ モードの第2回が開催されました。「Prada Invites」プロジェクトの特別展、写真家ジェイミー・ダイアモンドによるインスタレーション「Dolls’ House」、様々なテーマに関するトークショーなどのイベントが行われました。

プラダ・グループがエンリコ・カステラーニの絵画『Superficie bianca』の修復作業を支援

プラダ・グループはエンリコ・カステラーニが1966年に制作した、在東京イタリア大使館所蔵の絵画『Superficie bianca』の緻密な修復作業を支援しました。

キャンバスは、ミラノのフォルミカ修復スタジオとエンリコ・カステラーニ財団の協力による緻密な作業により、オリジナルの状態に復元されました。

これは、エンリコ・カステラーニの没後(2017年12月)初のパブリックイベントです。

Enrico Castellani - Superficie bianca (1966)

プラダがInstagramの「Checkout」機能に対応開始

プラダがInstagramの新しいショッピング機能「Checkout」への対応を開始します。これは、有名なソーシャルメディアプラットフォームによる新しいセールスチャネルです。Instagramの「Checkout」への対応は、より広い範囲のセールスチャネルを用意することで、他にはない特別な購入機会と、よりシンプルでより利用しやすい購入手順をお客様に提供するというプラダの現在のデジタル戦略に合致しています。

プラダ、多様性と受容性に関する諮問委員会について発表

2月13日、プラダは、アーティスト兼活動家のシアスター・ゲイツ氏と、受賞歴のある作家、監督兼プロデューサーのエイヴァ・デュヴァーネイ氏が、同社内およびファッション業界全般において有色人種の人々の声を汲み上げるため、プラダの多様性と受容性に関する諮問委員会(以下、「諮問委員会」)の共同委員長を務めることを発表しました。  ファッション業界の受容性のギャップを埋めるために、諮問委員会は大学や組織と提携し、多様なコミュニティにおいてインターンシップ制度や修習生制度の指揮を執ります。また、プラダは同委員会と協力し、世界中のすべてのプラダオフィスで実施される奨学金プログラムや研修プログラムに資金援助を行います。

2018

ミウッチャ・プラダが2018年度ファッションアワードの功労賞を受賞

英国ファッション協会は、ミウッチャ・プラダが2018年度ファッションアワードの功労賞を受賞することを発表しました。今年の12月10日(月)にロンドンのロイヤルアルバートホールで開催される授賞式で、ミウッチャ・プラダが世界ファッション業界に対する多大な貢献について表彰されます。

功労賞は、革新性と創造性を持ってファッション界を絶えず構築および再構築し、ファッション業界に創造的な貢献をした人物の顕著な功績を称えるものです。

プラダ モード マイアミを開催

プラダは、全体およびローカルな同時代性に注目したアート、音楽、食事、会話、深夜の催事を体験できるクラブ、プラダ モードを開催します。

12月4日から6日まで、フリーハンド マイアミで開催される第1回イベントは特別な目的地であるとともに、アートバーゼルの強力なカルチャーイベントの喧騒から逃れる控え目でエレガントな隠れ家の役割も。

プラダカップ

11月29日、プラダはモナコヨットクラブで世界各国から200名のゲストを招き、第36回アメリカズカップの挑戦艇決定シリーズであるプラダカップのスタートを祝いました。プラダカップは2021年の1月と2月にニュージーランドのオークランドで開催されプラダのルナ・ロッサ チャレンジを含む各チャレンジャーチームがラウンドロビン方式でレースを行い、2021年3月にスポーツ最古のトロフィー アメリカズカップをかけて、ディフェンダーのエミレーツチームニュージーランドに挑戦するチャレンジャーを決定します。

Shaping a Sustainable Digital Future(持続可能なデジタルの未来を創造)

11月20日、プラダ・グループは、サステイナビリティとデジタル技術革新の関係をテーマにしたカンファレンス「Shaping a Sustainable Digital Future(持続可能なデジタルの未来を創造)」の第2弾をプラダ財団のミラノ本部で開催しました。
ミラノ工科大学経営大学院およびイエール大学経営大学院と共同で企画された当イベントでは、科学技術がいかにビジネスや社会の持続可能な発展に寄与できるのか、また、科学技術の進歩によってもたらされている切迫した危険について、ゲストスピーカーらが検証を行いました。

プラダ リネア・ロッサ

プラダはクラシックな「プラダ リネア・ロッサ」を21世紀のイデオロギーにふさわしいリアクティブでテクニカルなコレクションとして発展させ、再ローンチしました。2018年のプラダ リネア・ロッサは、1990年代のスポーツウェアを基盤とし、当時のルックを特徴づける精密なラインや洗練性を踏襲しています。そのイデオロギーは、今なお人々の心に響きます。

PRADA INVITES 2019年春夏レディスファッションショー

プラダは、2019年春夏コレクションにおいて、プラダを象徴するナイロンファブリックを使用して女性のためのアイテムを発表するため、世界的に影響力のある女性クリエーターにコラボレーションを依頼しました。

高名な女性建築家であるチニ・ボエリ、エリザベス・ディラー、妹島和世の3名が、ファブリック本来のクオリティと、プラダの伝統にインスピレーションを得た、ユニークで斬新なアイテムをデザインしました。

2018年秋冬メンズ&レディスファッションショー

プラダ 2018年秋冬メンズファッションショーで、プラダは4組の著名なクリエイター、ロナン&エルワン・ブルレック、コンスタンティン・グルチッチ、ヘルツォーク&ド・ムーロン、レム・コールハースを起用し、プラダのアイコンであるブラックナイロンを使用したユニークなアイテム作りに取り組みました。

PRADA INVITES 2019年春夏レディスファッションショー

プラダは、2019年春夏コレクションにおいて、プラダを象徴するナイロンファブリックを使用して女性のためのアイテムを発表するため、世界的に影響力のある女性クリエーターにコラボレーションを依頼しました。

高名な女性建築家であるチニ・ボエリ、エリザベス・ディラー、妹島和世の3名が、ファブリック本来のクオリティと、プラダの伝統にインスピレーションを得た、ユニークで斬新なアイテムをデザインしました。

女性のために女性によって作られた、この新しいチャプターは、女性の多角的な視点を通して、コンテンポラリーなフェミニニティを多面的に表現する現在のプラダの魅力を語り、そして拡張します。

2017

Prada Rong Zhai

2017年10月12日、6年間の綿密な修復を終えて、プラダは上海に建てられた歴史ある邸宅Prada Rong Zhaiをオープンしました。この建物は、さまざまな文化活動を催すための多目的スペースとして生まれ変わりました。

Shaping a Creative Future

プラダ・グループは、ミラノで「Shaping a Creative Future(クリエイティブな未来の創造)」と題したカンファレンスを主催しました。イェール大学経営大学院およびミラノ工科大学経営大学院と共同で開催されたこのイベントでは、持続可能性とイノベーションを結びつける新しい可能性を探り、起業家、文化人、各国の学者の間で議論が行われました。

2016

ミウッチャ・プラダがウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞

2016年11月14日、ミウッチャ・プラダが、ファッション、アート、文化への貢献を称えられ、ロサンゼルスで米国『Glamour』誌のウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。

同賞は、企業を成功へと導いたミウッチャの先駆的な類まれなる役割と社会への純粋な関心から発した革新的な探求心を讃えています。

2015

ミラノのプラダ財団

ベネチアのカ・コルネール・デッラ・レジーナ(2011年)とミラノ(2015年5月)に常設施設をオープンしました。これは、プラダ財団の文化機関としての役割を裏付けています。

ミラノ南部のラルゴ・イザルコにあるプラダ財団の施設は、1910年代に建てられた旧産業複合施設をもとに造られました。このスペースでは、展示・文化イベントに関するプログラムを開催し、多分野にわたる職業能力の育成を実現しています。

新しい「プラダ ガレリア」

プラダ・グループはミラノのガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世の8角形の建造を見渡す建物「プラダ ガレリア」をオープンしました。同建物内の新しい店舗スペースにはパスティッチェリア・マルケージの3店舗目のショップ、および現代写真を専門とするプラダ財団の展示スペース「Osservatorio」がオープンしました。このプロジェクトを通じて、プラダ・グループはミラノ市との関係を深め、ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世の外部ファサードの修復に出資しました。

ミウッチャ・プラダが 『WSJ.』誌のファッション・イノベーター・オブ・ザ・イヤーを受賞

2015年11月、ミウッチャ・プラダはファッション界への貢献が認められて 『WSJ.』誌のファッション・イノベーター・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。

東京にミュウミュウの旗艦店

ミュウミュウは建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロンとのコラボレーションにより新しいリテールプロジェクトを実施しました。東京の青山みゆき通りにオープンした広さ720㎡のブティックは、隠れ家のような趣のあるショップです。

わずかに開いた箱を連想させる建物は、通行人が中を覗きたくなるような工夫があります。

この革新的なスペースのオープンは、ブランドの日本市場への関心の高さを強調しています。

産業投資

2015~2017年の3年間、プラダ・グループは技術開発とノウハウを支援する目的で重点的な産業投資に力を入れました。

具体的には、職人技のノウハウの維持、製造工程の技術開発の支援、作業環境の品質向上のため、プラダ・グループの製造体制の再開発と再編に取り組みました。

さらに、生産サイクルの管理強化と環境パフォーマンス向上のため、複数の産業再開発プロジェクトを開始しました。

ミウッチャ・プラダ、大十字騎士勲章を受章

2015年12月、ミウッチャ・プラダはイタリア共和国大統領から同共和国最高の勲位である大十字騎士勲章を授与されました。

ミウッチャ・プラダの国際的な業績と、創造、ファッション、スタイルの分野でのイタリアへの貢献、および彼女の財団を通じてプラダ・グループが表現する文化的価値が認められて授章に至りました。

2014

パスティッチェリア・マルケージの買収

プラダ・グループは、1824年にミラノで創業した歴史あるパスティッチェリア・マルケージの経営権を取得しました。この買収は、飲食産業の卓越性の模範を推進し、歴史あるショップの改装、ミラノのモンテナポレオーネ通り(2015年)とガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世(2017年)での新たな2つのスペースのオープンなどの店舗開発プロジェクトを立ち上げることを目的としたものでした。

なめし革工場Hervyの買収

プラダ・グループは、なめし革産業における最高級品質の製造で有名な、歴史あるフランスの工場Hervyを買収しました。

この買収の主な目的は、ナッパ(羊革)のなめし加工における卓越性の模範を示す製造施設の修復と再開を確実に行うことでした。

Pradasphere - la mostra

プラダは、ファッションやアートから建築、映画、スポーツまで、プラダのさまざまなインスピレーション、こだわり、活動を物語る『Pradasphere』展をロンドンと香港で開催しました。

さまざまな表現手段を活用した同展は、アーカイブアイテム、アイコニックなアクセサリー、プラダの1世紀にわたる歴史と特別プロジェクトなど、プラダの世界をあますところなく紹介しました。

同展の中心は、ミウッチャ・プラダの作品を紹介するテーマに特化し、その先駆的アプローチに焦点を当てたインスタレーションで構成されました。

企業の社会的責任

プラダ・グループは年に1度の企業の社会的責任報告書を初めて発表し、生産の卓越性向上、環境への配慮、地域社会とのオープンな対話、芸術的な伝統の向上に向けての取り組みをより発展させ、重視することを目指すことを記しました。

2013

ミュウミュウのフレグランス


プラダ・グループは、ミュウミュウの香水のデザイン、製造、マーケティングに関する契約をコティ(Coty)社と結びました。最初のフレグランスは2015年に発売されました。

ミウッチャ・プラダがブリティッシュ・ファッション・カウンシル賞を受賞

第1回インターナショナル・デザイナー・オブ・ザ・イヤー賞で、ブリティッシュ・ファッション・カウンシルはミウッチャ・プラダを表彰しました。ミウッチャ・プラダは、飽くなき創造力とイノベーションを継続する力が認められ、国際的なシーンで最も重要なデザイナーを表彰するために誕生した栄誉ある賞を贈られました。

2012

Schiaparelli and Prada: Impossible Conversations

メトロポリタン美術館のニューヨーク・コスチューム・インスティテュートが主催した「Schiaparelli and Prada: Impossible Conversations」展では、芸術への情熱の共有に焦点を当てて、時代の異なる2人のイタリア人デザイナーの共通点を掘り下げています。

アイコニックなアイテムがテーマ別に分類され、2人のデザインの世界を表す会話を想定したビデオが展示され、2人のクリエイターの革新的な作品の新解釈を提示しました。

2011

プラダ・グループがイエナ宮のスペース利用に関する契約を締結

プラダ・グループとフランス共和国の第3の憲法制定議会とされる経済社会環境評議会(CESE:Conseil Économique, Social et Environnemental)は、パリ中心部にある同評議会の本拠地であるイエナ宮の利用に関する契約を締結しました。

この契約は、フランスの豊かな文化・建築遺産と建築、ファッション、芸術、映画を中心に据えたプラダ・グループのプロジェクトおよび構想への取り組みという前例のない組み合わせを示しています。

香港証券取引所に上場

2011年6月24日、Prada S.p.A.は香港証券取引所メインボードに上場しました。

ミュウミュウ「女性たちの物語」

2011年よりスタートした「女性たちの物語」は、国際的に活躍する女性監督が手がけるショートムービーシリーズです。

​本プロジェクトは、現代社会における女性の役割を鋭い視点で観察し、異質で魅力的な女性の世界を物語ります。ミュウミュウ「女性たちの物語」プロジェクトが、ベネチア国際映画祭の「Authors’ Days」と共同で発表されました。

2010

プラダとFAI

芸術と文化の価値を重視する発想から、プラダとFAI(イタリアのナショナルトラスト)は共同で、プラダが新店舗をオープンするイタリアのさまざまな都市でアート作品の修復を行っています。

ミウッチャ・プラダがジュゼッペ・ヴェルディの歌劇「アッティラ」の衣装デザインを担当

2010年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でリッカルド・ムーティ指揮によるジュゼッペ・ベルディのオペラ「アッティラ」が上演され、その衣装デザインはミウッチャ・プラダに、舞台デザインはヘルツォーク&ド・ムーロンに委託されました。

2009

プラダ トランスフォーマー

ソウル中心部にある慶熙宮の隣に建てられた革新的な建造物、プラダ トランスフォーマーは、ファッション、映画、アート、カルチャーをテーマにした展覧会、上映会、イベントの開催を目的として2009年4月に公開されました。

自転して多様な構成を見せる四面体の構造物は、OMA/レム・コールハースがデザインを手掛けた作品で、プラダ・グループの紛れもない実験精神を裏打ちしています。

この建造物の中では、プラダの多様な側面を初めて1つに結集して掘り下げた文化的活動が6か月間のプログラムで構成され、催されました。

2007

プラダのタッチスクリーン式携帯電話

世界初のタッチスクリーン式携帯電話、PRADA Phone by LGが発売18か月で販売台数100万台を突破しました。2008年には新バージョンが登場し、2011年にはさらに2回のアップデートが行われました。

2006

ミュウミュウがパリでコレクションを開催

ミュウミュウはニューヨークとロンドンの後、パリでファッションショーを開催し、2015年にはミュウミュウの本社機能もパリに移転しました。

プラダ&ベルテッリ夫妻が最も影響力のある100人に選出

米『Time』誌の「最も影響力のある100人」にミウッチャ・プラダとパトリッツィオ・ベルテッリの夫妻が選ばれました。

ミウッチャ・プラダがフランスの芸術文化勲章を受章

ミウッチャ・プラダがフランス共和国文化・通信大臣から芸術文化勲章を受章しました。

2005

世界で最も影響力のある100人にミウッチャ・プラダが選出

ミウッチャ・プラダが「型破りできわめて個性的な感性によって多年にわたりファッション界に刺激と影響を与え続けた」功績が認められ、米『Time』誌の「最も影響力のある100人」に選ばれました。

PRADA MARFA

2005年、北欧人アーティストのエルムグリーン&ドラッグセットが常設インスタレーション「Prada Marfa」を創作しました。

このインスタレーションは、マルファの街から37マイル離れたテキサスのチワワ砂漠の中央に実際のプラダブティックの美的規範に従って建てられた疑似店舗です。

2004

ミウッチャ・プラダがCFDA賞を受賞

2004年、ミウッチャ・プラダがアメリカファッション協議会(CFDA)から栄誉ある国際賞を授与されました。同賞は「ファッション界に格別の貢献をした米国人以外のデザイナー」に授与されるもので、「国際的なスタイルをテーマにした最近のコレクションの大胆なビジョンと影響力」が認められての受賞となりました。

2003

プラダフレグランス

プラダ・グループは、プーチ(Puig)社とのコラボレーションによりプラダの香水のデザイン、製造、マーケティングを開始しました。レディスの香水は2004年から、メンズの香水は2006年から発売されました。

2002

プラダ・グループが米国に進出

プラダがニューヨーク51番街にある広さ10,600㎡の旧ピアノ工場に米国本社を開設しました。オフィスとショールームの設計はプリツカー賞を受賞したヘルツォーク&ド・ムーロンが手がけました。

2001

カーシューの買収

プラダ・グループは、アイコニックなドライビングローファーで知られる1963年創業のカーシューの経営権を取得しました。同年、カーシューの1号店をミラノのVia della Spiga 50にオープンしました。

プラダの「ガーデンファクトリー」

プラダ・グループと建築家グイド・カナーリとのコラボレーションにより、モンテグラナーロ、モンテヴァルキ、バルヴィーニャでの生産拠点の実現に向けた計画が開始しました。

既存の工業用地に建設された建物は、働きやすい職場環境という観点から景観と建築の調和を取り戻すことを意図してデザインされました。

2000

プラダとミュウミュウのアイウェア

プラダ・グループは、プラダとミュウミュウのサングラスとオプティカルフレームのコレクションを初めて発売しました。2003年からは、世界をリードするイタリアのアイウェアメーカー、ルックスオティカ(Luxottica)へのプラダ・グループのアイウェアのライセンス供与を開始しました。

パトリッツィオ・ベルテッリに名誉学位

2000年10月、プラダ・グループのCEOパトリッツィオ・ベルテッリがフィレンツェ大学から企業経済学の名誉学位を授与されました。

1999

チャーチの買収

手作業による靴作りでスタイルとエレガンスの代名詞となっているイギリスの歴史あるブランド、チャーチをプラダ・グループが買収しました。先進技術を取り入れたノウハウと製造の伝統豊かなチャーチは、究極のエレガンスを表現します。

プラダ「エピセンター」

プラダは、ブランドの世界観を体験するための新しい表現形態を取り入れることを目指して「エピセンター」プロジェクトを開始しました。エピセンターはメインブティックと並行して「クリエイティブフォーカスの中心」として開発された特別なストアであり、ラグジュアリー、テクノロジー、デザインプロダクト、建築が融合した最先端のサービスの中でショッピングの概念に対する革新的な思想を表現しています。

建築家レム・コールハースが設計したニューヨークとロサンゼルスのエピセンターは2001年と2004年にオープンし、建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンが手掛けた東京のエピセンターは2003年にオープンしました。

発想の拠点、Via Bergamo

プラダとミュウミュウの創造力の誕生と発展の拠点となるプラダ・グループの心臓部。Via Bergamoの本社は10,000㎡の敷地に建つ複合ビルです。

このプロジェクト開発では、外観は工業的な建物の特徴を呈し、内部には経営・事務、スタイルおよびデザインオフィス、ラボラトリー、ファッションショーエリアなどの多機能スペースを備えています。

1997

ルナ・ロッサ

ルナ・ロッサチームはパトリッツィオ・ベルテッリのセーリングへの情熱と世界最古のヨットレースであるアメリカズカップへの参加を目指す目的から誕生しました。2000年のルイ・ヴィトンカップでの優勝によって、ルナ・ロッサチームはイタリアのスポーツ史に輝かしい一章を記しました。

1995

ミウッチャ・プラダがVH1ミュージック&ファッション賞を受賞

ミウッチャ・プラダが「VH1ファッション賞」のウィメンズウェア・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。人気音楽チャンネルVH1が創設した同賞の受賞者は150人のファッション・音楽関係専門家の審査によって選定されます。翌年また1998年に再び同賞を受賞。

1993

プラダ メンズウェア

プラダは初めてメンズのプレタポルテとシューズのコレクションをデザインし、初のファッションショーをミラノで開催しました。

プラダ財団

ミウッチャ・プラダとパトリッツィオ・ベルテッリが創設したプラダ財団は、アート展示、建築プロジェクト、映像プロジェクト、哲学的コンファレンスの思考過程を通じ、現在を分析する拠点です。文化は常に進化する知的プロセスを活性化できる有効な知のツールと考えられています。

プラダ財団はその活動を通じて、国際的な公共機関や美術館・博物館との継続的な対話を行い、強い興味を惹きつけられる現代アーティストとのコラボレーションを行ってきました。

カジュアルで洗練されたミュウミュウの世界

ミウッチャ・プラダは、クリエイティブなインスピレーションから力強く、飾らない、時に挑発的な個性を特徴とするブランドを設立。洗練を極め、独立心に満ちた、常識にとらわれない女性の精神を表現するミュウミュウが誕生しました。

1991

中国、日本、米国への進出

海外展開の先駆けとして、プラダは1990年代初期に極東、中国、日本、米国の市場に参入しました。

1988

プラダ レディスウェア

プラダはミラノで1988年秋冬コレクションを開催しました。

1983

プラダの店舗拡大

プラダは、ライトグリーンのグラデーションをメインにした新しいデザインの直営店ネットワークを拡大しました。この配色は後に「プラダグリーン」として知られるようになりました。最初の「グリーンストア」はミラノのスピーガ通りにオープンし、その後ニューヨーク、マドリード、ロンドン、パリ、東京にブティックがオープンしました。

1979

プラダ シューズ

プラダは製品の範囲を拡大し、初めてのレディスシューズコレクションを発表しました。

1977

ミウッチャ・プラダとパトリッツィオ・ベルテッリ

ミウッチャ・プラダの洗練された創造力とパトリッツィオ・ベルテッリの起業家的センス。この2人のパートナーがタッグを組んで、全工程の直接管理と、生産サイクル全体での厳格な基準の適用に基づいた、革新的なビジネスモデルをファッション界に導入しました。

1975

ミウッチャ・プラダがファミリービジネスに参加

1970年代半ば、ミウッチャ・プラダはファミリービジネスに参加し、アクセサリーのデザインを担当しました。

1965

英国女王賞・産業部門

チャーチの輸出の功績を讃え、エリザベス2世より栄誉ある英国女王賞(産業部門)を賜りました。この賞は、世界のフットウェア業界でこのブランドがますますその存在を大きくしている証です。

1963

カーシュー イノベーションと情熱

ジャンニ・モスティーレは、レーシングカーとハンドメイドシューズへの情熱から革新的なシューズを開発し、その特許を取得しました。ソールに小さいラバースタッズをはめ込んだローファーは、運転中の安全性を高める目的で考案されました。このようにしてカーシューが誕生しました。

1957

新本社

1957年、チャーチはノーサンプトンのセントジェームズロードに新本社を開設しました。この社屋は、数回の改装を経て、現在もブランドの全ラボと本社が置かれています。

1920

チャーチの最初の単独ストアがロンドンとニューヨークにオープン

1921年、チャーチは初めてのブティックをロンドンにオープンし、初めてのレディスシューズとして、アーチを成型した「Archmoulded」を発表しました。

1929年には、ニューヨークのマディソンアベニューにストアをオープンしました。 同年、アイコニックな「Shanghai」スタイルを発表。このモデルはその後、よりコンテンポラリーなバージョンにアップデートされました。

1919

プラダがイタリア王室御用達に指名される

1919年、プラダはイタリア王室御用達に指名されました。これによって、プラダの商標ロゴにはサヴォイ家の紋章とロープの結び目のデザインを表示できるようになり、プラダはイタリアの貴族や上位中産階級にとってベンチマークとなるブランドになりました。

1913

最初のプラダストア

プラダは、ミウッチャ・プラダの祖父であるマリオ・プラダによって1913年に創立されました。マリオ・プラダはミラノの格式高いガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世に最初の店舗をオープンし、高価なバッグ、トランク、トラベルアクセサリーの販売を手掛けました。

1890

チャーチの初期の事業展開

南アフリカ、ベルギー、フランス、イタリア、ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国。1890年、チャーチはヨーロッパ大陸に注目し、輸出取引の関係づくりを開始。米国では、顧客の好みの進化に対応して、スポーティなコレクションに的を絞って事業を展開。英国ブランドであるチャーチの事業展開において、米国は極めて重要な部分を占めていました。

1881

チャーチの革命

チャーチは、靴は左右で異なるべきだという考えを最初に取り入れたブランドです。当時は革命的なアイデアでした。「適合性の高い」スタイルにより、その先駆的な姿勢を裏付けたチャーチは、同じコンセプトで「適合した」ブーツを作り、1881年の国際博覧会で金メダルを受賞しました。

1873

チャーチ、アイコニックなスタイル

トーマス・チャーチと妻のエリザ、そして2人の息子は、イギリス、ノーサンプトンの30 Maple Streetにある小さい職人工房で匠の技を凝らした靴を扱う小規模企業を創業しました。

1824

パスティッチェリア・マルケージ、伝統の始まり

マルケージ一族がミラノ中心部のVia Santa Maria alla Porta 11/aにオープンした洗練されたベーカリーは、たちまち質の高さとバラエティ豊富な美味しいお菓子で街の名物になりました。